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本を読んで、里親ならではの感想が生じたら書きとめるブログです。

『愛するということ 新訳版』エーリッヒ・フロム

 

旧訳のほうは誤訳が多いとのことなので、読まれる時は、1991年に出版された新訳版のほうを読まれるとよいかと思います。

 

愛とは何か、ということについて様々な角度から光を当てながら、広く、真正面から、論じられている本だと感じました。その中でもここでは、母性的な愛と父性的な愛、というものに絞って感想を書いてみたいと思います。

 

人間は、人生の初めにはほとんど母性的な愛(生理的要求に配慮し応じる用意があり、生命と成長を積極的に気にかけている、無条件なもの)だけを必要とするけれど、やがて父性的な愛(子どもを教育し、世界へつながる道を教える、条件つきのもの)を必要とするようになる。さらに成熟するとその両方を統合し、自分自身の「愛する能力」によって母性的良心を築き、「理性と判断」によって父性的良心を築きあげる。そういったことが書かれていたと思います。

 

里親として途中から養育をしていると、父性的な要素が必要な状況に陥っているのに、子どもからは圧倒的に母性的な愛だけを求められてしまう、というような時があったように思います。年齢や要求の内容に比べて中身はまだとても未熟なままの部分があって、もっともっと幼い頃に享受しそびれてしまったのかもしれない無条件の愛を取り戻そうとしているかのようでした。そんな時、父性と母性のどちらに照準を合わせればいいのか、揺らいでしまうこともありました。

 

でも、この本によると、母性的な愛というのはまた、子どもの存在を無条件に肯定し保護することからさらに進んで、「生きていることは素晴らしい」「生まれてきて良かった」という、人生に対する愛を教えるものでもある、ということでした。

 

私は、母性と父性のはざまで、揺らぎをあまり解消できないまま流されてきてしまいましたが、せめて子どもがこの、「人生に対する愛」というものについては、心に抱いて生きていけるようにと思います。

 

愛するということ

愛するということ