memo

本を読んで、里親ならではの感想が生じたら書きとめるブログです。

『ジョディ、傷つけられた子 - 里親キャシー・グラスの手記』キャシー・グラス

 

イギリスでベストセラーになった、ノンフィクション。

ベテラン里親である著者が、育てるのが一番大変だったという子どもについての回想録。

 

この本には、凄惨な虐待についての描写が、臨場感をもって記されています。

心に傷を持っていらっしゃる方は、読まないでいただければと思います。

 

子どもにはもちろん、読ませられる内容ではありません。

また、まだ若い方にも、読んでほしくない、と個人的には思います。

心に傷があってもなくても。

この本の内容を背負いこんでしまう必要はない、と思うからです。

この本は、大人が読んで、自分なりに何かを学んだり、思考したりするための本だと思います。

  

この本を読む前に、結末等を知りたくない方は、以下の感想を読まないでいただければと思います。ネタバレを含んでいますので。 

  

ジョディ、傷つけられた子 - 里親キャシー・グラスの手記

ジョディ、傷つけられた子 - 里親キャシー・グラスの手記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(感想)

虐待の部分に関しては、つらくて読むのを中断してしまう日もあった。里親キャシーの、里親としての思いや、子どものかんしゃく等での苦労には、共感を覚えたり、子育ての参考にしたりすることもあった(私のような素人が、そのまま適用できるかどうかは別として)。

翻訳の文章自体はとても読みやすかったし、ベテラン里親の一番大変だった頃の日常を垣間見ることができて、とても励まされた。

 

里親にとっての大変な経験。最小限にとどめたり、避けたりすることが可能なら、そうできるに越したことはないと思う。でももう、過ぎてしまった時を巻き戻すことはできない。過去はやり直せないけれど、今をやり直すことはできる。大人だけなら、後ろを向いていても生きていける場合もある。でも、子どもの今のためには、ふと振り返った日々がどんなにつらくても、子どもと一緒に前へと歩いていくしかない。そんなことを思った。

 

この本に出てくる小児性愛者たちは、(性的虐待に関して)どうしてそうしないでおくことができなかったのか。どんな環境でどんな人生を歩んだら、そうしないではいられないようになってしまったのか。感覚がかけ離れすぎていて、どうしたらそういうことがなくなるのかが、わからない。一番の問題はその、そうではない人間にはわからない部分に沈み込んでいる何か、なのかもしれない。

 

 f:id:lulu2014:20100202064017j:plain

 

ジョディは最終的には、ハイ・オークスというところにある治療施設に行くことになる。もしジョディが、保護されてすぐにハイ・オークスに行っていたら、どうなっていただろう。でも実際には、先にキャシーとの出会いがあり、そのあとハイ・オークスに行った。それが、運命というものなのだろうか。半永久的な関係として、ふたりを引き合わせるための。

 

ちなみに、キャシー・グラスという名前は、本名ではない。当然、登場する人々や子どもたちの名前もそうなのだろう。個人が特定できないような形で、ハイ・オークス等の地名や様々な内容にも、もしかしたら変更が加えられているのだろうか。ノンフィクションというものが、どのような手法を取られているものなのか、よくはわからないけれど。

 

読み終えて、一番強く感じたことは、特定の相手(キャシー)との間にしっかりとした愛着関係、信頼関係が築かれていたからこそ、ジョディは、ハイ・オークスでの治療も落ち着いてできるようになっていったのではないかということ。治療が終われば、キャシーの元に帰ることができる。キャシーが作っているきちんと落ち着いた家庭環境が、いつでも自分を受け入れてくれる。そのことがジョディに、圧倒的な安心感をもたらしているのではないかと思った。そう感じたことで、この本は私にも、ある種の希望というか、めざしてもよいかもしれない方向のひとつを提示してくれたような気がする。

 

キャシー・グラスの公式サイト(英語)